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声優・俳優・ナレーター ちぢぃーの日々是雑感
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Chi-Zie's Blog
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Hot Wave Festivalの想い出③:パーティーズ・オーバー
2026年7月16日 久しぶりにじっくりと振り返りました。しかし高校二年生の時に立て続けにこれだけの経験をしたのだから、それが原体験になってしまうのも無理はないよね。だからホットウェーブというのは返す返すも罪作りなイベントだったなと思うのです。エンタメの世界の楽しさを除いてしまったがために、もう戻って来られないという感じで。プロのミュージシャンにはなれなかったけど、結局役者(声優、ナレーター)になったのですから。詳しくは後ほど。 第7回大会のパンフレットより。 立東社「PRUM」1987年7月号(ホットウェーブの約一年後)に掲載されたタイアップ広告記事。文中の曲名は正しくは「シナビタドリンク」。チオビタドリンクに因んだものだけど、リポビタンに寄せられてしまったんだねえ(笑)写真は受賞記念ライブ時のもの。

Ryusaku Chijiwa
3 日前読了時間: 1分


Hot Wave Festivalの想い出②:あの夏に出会った人々たち
2026年7月15日 YOKOHAMA HIGHSCHOOL HOT WAVE FESTIVAL Vol.7【決戦大会出場バンド】1986年8月8日 横浜スタジアム サクラサクバンド/Parang Rang/A-Girl/ SUCCESS STREET/That’s on Noise/ 募金おねがいします/スズメハウス/肉体疲労児/The うちわバンド CENTER FOLD/飛行船/TAKE-4/BOYA LIBERTAN/Inter Mission びっくりしたな、もう/THE FORTY-NINERS/ DANGER 1986年夏に自分がバンドで参加したヨコハマハイスクール・ホットウェーブ・フェスティバルVol.7は1313本の応募テープの中から予選に55組が選出されて18組が決戦大会へと駒を進めたと書いた。これだけのバンド数である、ともに入賞を狙い目標を同じくする戦友として仲間意識が芽生えたり知り合いになってもおかしくない状況にあって、実際に交流したのはほんの二、三バンド止まり。かつてない規模の大舞台に立つ緊張とプレッシャーで余裕など

Ryusaku Chijiwa
4 日前読了時間: 6分


Hot Wave Festivalの想い出①:あの迷曲はこうして生まれた
2026年7月14日 先日の投稿に引き続き、この8月に自分が高校時代に活動していたバンド「肉体疲労児」が地元のコンテストにて横浜スタジアムの決戦大会でのステージを踏んでから40周年を迎えるにあたって当時の想い出を雑多に綴ってみようと思う(具体的に書くのは多分初めて)。 自分が最初にバンドを組んだのは1983年、中学二年生の6月のこと。すでにドラムを叩いていた身内の影響は大きかったが「いかにも中学生っぽい趣味活動をしたい」という漠然とした理由で小学校時代からの同級生を誘ってバンド名を「バイタミン」として結成。パートはドラムだったが演奏経験はほとんどなし。同級生は通信販売でギターを買って意気揚々だったのに別のギタリストを見つけて引き込んだため先に声を掛けた友達はベースに転向を余儀なくされる。ギター、ベース、ドラムの3ピースで山下久美子やマッドネス、YMOや高橋幸宏とメンバーの趣味を反映して雑多にコピーしたがほどなくYMO一本に統一、「在広東少年楽団」と名を変え「三年生を送る会」にて初ステージ(YMOを気取ってサポートスイッチャーを参加させる)。翌年は

Ryusaku Chijiwa
5 日前読了時間: 5分
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