ダンディズムとニヒリズム。
- Ryusaku Chijiwa
- 8月30日
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更新日:4 日前
2025年8月30日
大先輩である俳優・声優の土師 孝也(はし たかや)さんが亡くなった。享年72、まだまだ若いうえに突然の訃報だった。報せはニュース報道や事務所からの一斉メールではなく先輩のツイートで知った。長らく第一線で活躍され養成所ほかで講師も務められていたので自分などよりも懇意にしていた人、交流のあった人は多かろう。そうした方々のコメントは報道に乗っているものをご覧いただくとして、ここではごく個人的な思いを書き記しておく。
土師さんと初めてご一緒したのはジュニア時代番レギ(番組レギュラー)で出演したアニメ「エレメンタルジェレイド」で、マウスプロの養成所に在籍して二年目のことだったと記憶している。同人舎の預かりから転じて養成所生としてリスタートし、一年目から「銀河鉄道物語」「アクアキッズ」(海外アニメ)とレギュラーが続く幸運に浴している中でのこと。深夜のコールセンターで働いて明け方に退勤しネットカフェで二時間ほど仮眠をとってから朝10時からの現場に通っていたのでとにかく眠かった。「エレメンタル――」において土師さんはナレーションだったが若手中心の現場では圧倒的な存在感を放っていた。年長者ではあっても皆と打ち解け合い和気あいあいとしたやり取りをしてムードメーカーでもあった。「ハリー・ポッター」シリーズをはじめとするアラン・リックマンのフィックスとして最も有名ではあるが、ねっとりとしたクセのある口調は悪役でその真価を発揮した(マウス出身者が附属養成所の講師だった納谷六朗さんの物真似をしてしまうように、土師さんに近しい同業者なら一度はあの口調を真似してみたことがあるはず)。演じる役柄と同様にご本人も皮肉屋ながら少年のような悪戯っぽさも持ち合わせたなかなかの曲者だったがベテランとは言えども偉ぶることは一切なく、むしろ飄々と生きる粋人といった感があった。聞けば落語がお好きだったとのこと、洒落者という言葉がぴったりくる方だったな。一時期籍を置いた事務所のベテランマネージャーが「どうにも苦手なんだ」と言うのでちょっと驚いたが、自分はその逆でむしろ得意な方だった。土師さんにからかわれたら狼狽して委縮してはダメ。あちらの胸に飛び込んでしまえばいいんだという直感が出会った当初からあって、収録でご一緒する時はスタジオ内での軽口をいちいち拾っては「何言ってんすか!」とツッコミを入れるのがいつも楽しかったしあちらも(この小僧め)といった表情でニコニコと応じてくれた。のちに同じアプトプロの所属となったが4年ほどで退所することになった際も長文のメッセージで「縁が切れたわけではないからまた会いましょうや。頑張れー!」と声を掛けてくれた。のちにアプトを紹介して欲しいという昔の同期の頼みでメールを送ると「面倒だから電話したよ」といってわざわざ連絡をくれ、色々と内情を話していただいて「今は受け入れる余裕が無いんだ。何とかうまいこと言っといてくれよ、ごめんな」とのことだった。現場において同業の方との交流が少ない自分にとって唯一、父のように兄のように慕うことが出来る存在だった土師さん。「驚かせたかなァ、何たって俺が驚いてるよ」といった言葉が聞こえてきそうで全く実感がない。土師さん、ちょっと何やってんすか。早いっすよ。。
※画像は借り物です

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