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ジャズ・ジャイアンツ逝く。

2026年5月26日


ソニー・ロリンズの訃報を聞く。享年95。ハード・バップのテナーマンとして活躍し名声を得たのは1950年代からと古く、同世代のメジャーなジャズプレイヤーはみな鬼籍に入っている。音楽活動からはすでに引退していたとはいえ、改めて考えるとロリンズが令和の現代にまだ健在だったということ自体が驚きでしかない。自分がジャズに触れるようになったのは高校生の頃だが最も入れ込んでいたのは俗に言うカシスク(カシオペア、スクエア)の類のフュージョンだったのでバップ物には詳しくない。それでもTVで邦人ジャズプレイヤーのライブ番組(「セレクト・ライブ・イン・ジャズ」)を二シーズンに亘って見続け、ジャズフェスの特番も見たり会場に足を運んだりして自分なりに聴きかじってはいた。高校卒業後にジャズ系の音楽学校に入学すると同時に地元のヤマハ特約店(山響楽器中山店)でアルバイトを始めると店のスタッフで編成されたバンドでドラムを叩くという機会が巡ってきた。お得意様を招いて近隣の(カフェテラス・ベリオスカ)内でミニライブを行うという趣向で、エレクトーン、ギター、ベース、ドラムの編成でジャズを演奏するという。ドラマーではあってもジャズの素養は皆無だった自分は青くなって「曲は何をやるんですか?」と聞くと「スタンダードを適当に」としか言われずノーリハーサルで臨むと言われ途方に暮れた。あわてて「ジャズ・スタンダード集」というCDを買って聴いてみたが何の役にも立たず、本番は見よう見まねのアドリブで乗り切った(あまりにも無謀だった)。正統派のジャズをきちんと聴かねばと思ったのはまさにこの時で、初めて買ったアルバムはビル・エヴァンスがフルートのジェレミー・スタイグと吹き込んだ「ホワッツニュー」、次に買ったのがこの「サキソフォン・コロッサス」で、続いてソニー・クラークの「クール・ストラッティン」さらにはビル・エヴァンスのリバーサイド三部作・・・と実に真面目に定番アルバムを聴き進めていったが、音楽学校でのレッスンで挫折してドロップアウトをすると流行り熱のようなジャズへの傾倒もすっかり褪めてしまった。以来、バップ物のアルバムを手にすることは殆どないまま今日に至っているので、自分の中のジャズの名盤というのはこの時期に聞いた諸作たちなのだ。1956年リリース――その輝きは70年を経た今も色褪せることはない。


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