若山弦蔵さんを偲ぶ。

最終更新: 6月7日

2021年6月5日


若山弦蔵さんが逝去された。声優が「アテ師」と呼ばれていた、日本語吹き替え版の黎明期に活躍された最後の重鎮とも言うべき方で、憧れの大先輩でもあった。収録でご一緒した事はないが、恐らくは自分の周囲で氏と共演経験があった声優は居なかったはず・・・というのも、若山さんは演技に対する信念から専らオンリー録りをしていた方だったからだ。古い世代の方に教えを乞うた時には必ずと言ってよいほど「声優はあくまで俳優の仕事の一つに過ぎない、舞台での演技経験があるからこそ声の演技が生きるもの」と厳しく指導を受けたものだったが、そんな時代にあってキャリアがほぼその声の演技のみであった稀有な存在であったのだ。「マダムキラー・ボイス」と称される、甘くそして豊かに響く低音の声が持ち味で、最も有名なところではショーン・コネリー役。言わずもがなのジェームズ・ボンドはもちろん、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」や「アンタッチャブル」「ザ・ロック」等でご覧になった方も多かろう。自分の場合はそれ以外に、小学生の頃学校から帰宅をすると母がいつも台所でつけっ放しにしていたラジオから「全国こども電話相談室」に続いて「お疲れさま5時です」が聴こえ、そのパーソナリティーとして非常に親しみがあったものだった(氏の朗々と響く低音は、子ども心に「いい声だなあ」と感心していた)。個人的に中学生の頃に名画座で見てすっかり魅了されたミュージカル映画不朽の名作「サウンド・オブ・ミュージック」のフジテレビ版の吹き替えがとにかく好きで、ゲオルク・フォン・トラップ大佐の声は同作を何度もアテた金内吉男氏よりも断然若山版がお気に入りだった(これはビデオではなくカセットテープに録音した物をたまたま友達に貰ったのだけど、本当に幸運だった=ソフト版では2015年にようやく復活)。古い世代の方には懐かしい「ハイヨー、シルバー!」の掛け声でお馴染みの「ローン・レンジャー」や「バークにまかせろ」などはさすがに世代的に見ておらず、夢中になったのは1991年に放送された「新・スパイ大作戦」のジム・フェルプス役。プライムタイム枠で海外ドラマが放送されるのは当時としても久しぶりの事だった上、錚々たる吹き替えキャストが配されて見応えも十分だった。これは未ソフト化だが自分はスーパーチャンネル時代に全話録画したものを愛蔵している。吹き替えファンであった自身が声優となり、見る側から送り手側となってからもつくづく素晴らしいと思ったのは若山さんの細かな息遣い。野沢那智さんのように自分のリズム主体でアァー!とかハァー!と入れるのではなく、あくまでも原音の役者のリップシンクに準じた上で、文字通り台詞に生命感を吹き込み躍動感を与えているところは芸術的ですらあり、実に見事で素晴らしい。唇を開閉する際の擬音はアフレコ現場においてはリップノイズと解釈され、ディレクターによっては一切入れないようにとの指示がなされることがあるが、自分は原音の雰囲気を出来る限り再現したいと思う派。だが大ベテランでそこまで微細な息遣いを駆使される方はまずいない(緻密さで言えば故・大木民夫氏が究極だ)。若山さんの見事な台詞術は長年の経験により培われ現場で生み出されたもの。業界の末席に身を置く者として、ほんのわずかでも氏が遺されたノウハウを継承していかねばと思うばかりだ。舞台経験が全くと言っていいほど無かった氏だったが、「新・スパイ大作戦」のある回で道化(ピエロ)の扮装をして売り子の口上を呼びかける場面があり、そこでの実に生き生きとした抑揚の言い回しは氏のイメージからは想像できないほどに見事なもので、(自分は当時まだ声優志望ではなかった頃だが)大いに感心した記憶がある。天賦の才能もあったが、相当に勉強されていたのだと思う。尊敬と畏怖の念を込めて、心から哀悼の意を表したいと思う――。


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