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「ある八重子物語」鑑賞記。

更新日:2021年6月27日

2021年6月24日


劇団民藝+こまつ座公演「ある八重子物語」

作=井上ひさし 演出=丹野郁弓

紀伊国屋サザンシアター TAKASHIMAYA


「プリズン・ブレイク」、近作では「リメンバー・ミー」でご一緒した横島亘さんのお誘いを受け、この日は奥さんと新宿・紀伊国屋サザンシアターにて「ある八重子物語」を鑑賞。劇団民藝とこまつ座の提携によるいわゆるコラボレーション作品で、昨年12月の公演(東京芸術劇場シアターイースト)の再演である(こまつ座の初演は1991年)。タイトルにある八重子とは新劇から出発して新派で活躍した大女優の故・初代水谷八重子(1905~1979)のことを指すが、この物語に本人は登場せず、いわば八重子(新派)に心酔した市井の人々の暮らしぶりを活写する舞台である。演劇史の造詣が深い作者の故・井上ひさし氏が登場人物のキャラクター設定から台詞、所作に至るまで新派の著名な作品のパロディやオマージュをふんだんにちりばめており、新派のファンにとってはお楽しみが一杯というだけでなく、新派の歴史を紐解く壮大な絵巻にもなっているようだ(この辺りについてはパンフレットの水落潔先生の解説が素晴らしい)。ところが、だ。これまでに様々な舞台に足を運んでいる自分ではあっても新派の演目についての知識はほとんどなく、それらの様々な「仕掛け」を楽しめないという点で敷居の高い舞台だなという引け目もあったが、すべての観客が新派のマニアだという前提で書かれた戯曲でもあるまい。遅筆で有名な井上ひさし氏は優れた喜劇作家としても広く知られている。ここは純粋に(半ば負け惜しみで)井上作品の笑いの世界に身を委ねることにした。かくして幕が上がればその台詞回しは軽妙かつ洒脱、登場人物がみな生き生きと生命感に溢れていて、戦時下とあっても重苦しさはどこにもなく、ただただ明るい。舞台となる古橋医院の事務方の三人(横島さん、中地美佐子さん、藤巻るもさん)が賑やかな狂言回しとなって様々に入り組んだ物語を淀みなく見せてくれるのがとにかく楽しい。ほどなく「(水谷)八重子そっくりな」有森也実さん(客演)が登場するのだけど、篠田三郎さん演ずる古橋先生が「音楽のような声だ」と感嘆し心惹かれる人物という設定がまずあるところに観客の興味は果たしてそれが当てはまっているのか否か――ある種の判定を下されるというのはプレッシャーだろう。テレビドラマや映画での仕事が長く舞台経験も相応に持っている方だが、(本人も語っておられるが)ご本人にどこかほんわかとしたイメージがあり古風で大人しい役を振られることが多いキャリアにあって(好演ではあったが)大変失礼ながら今回の役は周囲の支えと協力あってのものだなという気がした。それほどにキャストの方々の個性豊かなこと、そして達者なことに圧倒されたのだ。女形の研究に没頭するあまり入営日に寝過ごしてしまいはからずも兵役拒否者となってしまう一夫(塩田泰久さん)と二代目小森新三(みやざこ夏穂さん)の掛け合いの可笑しさの中にある台詞回しと所作の見事さが際立っているが、登場するのはみな愛すべき人たち。後半の芸者衆の早替えを実際に見せる趣向なども楽しく、御年八十歳(!)という日色ともゑさんのチャーミングなことにも驚くばかり。良い脚本、じっくりと練り上げられた舞台、そして何より鍛錬された役者が揃って生まれる素晴らしい作品。クライマックスではいかにもコメディらしいドタバタを経ての大団円、コロナ渦での生活でどこか鬱屈したものがこうした時に表出するのか市井の人々が明るく生きていること、躍動感に満ちていることがとにかく愛おしく、ほろりと泣けてしまった。決して敷居の高い舞台などではない、楽しい2時間55分でした――!!


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