いつも一緒に。

最終更新: 8月17日

2020年8月16日


今日は奥さんと外食。仕事が一段落したので、ささやかなる祝杯も兼ねて。そうは言っても奥さんは自分の仕事に全く興味なし。男は敷居を跨げば七人の敵あり・・とは古い言い方だけど、楽しさが多い中でも辛かったり悔しかったりすることも多々ある過酷な仕事、もっと自信を持ってと励ましてほしいし実際の仕事ぶり(作品)も見てほしい。ぜひ一番のファンでいてくれよと昔は何度も懇願しては衝突したりしたけど、彼女は昔も今も全く変わらないまま、伴侶であるという意味もろくろく考えず人は人、自分は自分という人だ。だから身内に対しては仕事に全く張り合いが持てず、自分は昔も今も独りで独りだけの仕事をこなしている。奥さんはまるで他人事のようにお疲れさんと言って酒を食らっている。自分が真面目に生きてこなかったことへの神様の報いなのか、僕は現場へ行っても、自分の家に帰っても同じような孤独感や疎外感を感じることが多い。何をもって充足感を得ればいいのだろうかという悩みは何年も何年も続いている・・・けれど、こうして一緒に穏やかな時間を過ごせる相手がいるというだけでも、自分にとっての救いなのだろう。役者などという道を選択しだらしない人生を送ってきたツケはこうして己の身に返ってくる。酒を飲み肴を食うだけの刹那の喜びを人生の喜びとして、僕はまた次の目標に向かってただ歩いていくだけなのだ。


8月の真夏にこんな生牡蠣が食べられるなんて、これもまたささやかながら贅沢なことだ。小さな幸せの積み重ねで、自分は自由に生きている。これは自分が望んだ生き方。湿っぽい文章になったけれど、心はもう吹っ切れている。もうこんな年齢なのだ、性格や立ち居振る舞いは簡単に変えられない。これが自分なんだ。俺はこれからも自分らしく生きていくぞ。


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