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「生きてはみたが」(千々和 久幸著)刊行によせて。

2020年4月15日


(Facebookより転載)

こんなご時世に、どうということはない投稿ですが。 今年82歳になった父は、ごくごく無名ながら歌人としての活動も長く、1965年に第一詩集を出版して以降、歌集、評論集、選集と様々な著作を上梓してきたが、ドラ息子は短歌を嗜む素養など持ち合わせておらず、贈呈本が送られてきてもパラパラと斜め読みする程度。家族も、父の作品は難しいからと親しむところがほとんどない。もっとも、次男坊の声優としての出演作品にも家族は誰も興味を示さないのでこれはお互いさまか。自分としては、父が時折作品に込める生々しい感情が、自分の知らぬ父の秘めたるプライベートの部分(?)を想起させられるのが何だか嫌で、どうにも読み進めない。父は福岡の炭鉱町、香月(かつき)出身の九州人だから、見栄っ張りのええ格好しい。自分の本を宣伝するわけでもなく「まあ、そんなもんだ」と言う程度。照れ隠しもあるだろうが、実のところは寂しさもあるのかもしれない。 そんな父がこのほど出した12冊目の歌集「生きてはみたが」は、ご縁があったとかで砂小屋書房からの刊行。贈呈本の御礼かたがた「太宰や尾崎一雄の著作を出版した会社だよ、凄いじゃないの」と言うと、電話の向こうの父もまんざらではない様子。新聞や雑誌の書評にも出たりしとるよ、と言葉少なながら嬉しそうに話していた。と、今週になってその雑誌のコピーが郵送されてきた。これはよほど嬉しかったに違いない。かつて一世を風靡した「サラダ記念日」の万智ちゃん先生に取り上げられるなんて、ちょっとご満悦なんだろうな。掲載の週刊新潮4月16日号はもう買っていたんだけど、やあやあ立派なもんだねとまた電話で伝えたが、いつもの「まあ、そんなもんだ」の声は、これまでになく弾んでいた。よしよし、ドラ息子が宣伝してあげようじゃないか。しかし、大手出版社の媒体露出って、影響力が凄いんだね。


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