What a Coincidence!!!

2020年10月6日


高田賢三さんの逝去の報に絡めて自身がティーンの頃のファッションについての意識などを軽く振り返ってみたけれど、最近手に入れたこのアイテムについて。表記がないため詳細は不明だけど、90年代、もしくは80年代に流行ったもののひとつ。当時のDCブランドブームにおいてはこうしたロゴ物が一世を風靡して、トレーナー(スウェットシャツ)やスタジャン(スタジアムジャンパー)のバックプリントにはデカデカとブランドネームが書かれ、それが一種のステイタスであるかのように若者はこぞって身に纏ったのであった。ちぢぃーが浪人時代、予備校の授業で席に着くと、目の前の背中という背中に「ペイトンプレイスフォーメン」とか「メンズフランドル」という文字が躍り、よくもまあそんなものに金を掛ける余裕があるもんだと半ば呆れ、また半ば羨ましくも思っていた(基本的に、ロゴ物は好きだった)。ビギにメルローズ、ニコルにアバハウス、あの熱狂は一体何だったのだろうと今にして思えば何とも不思議な光景でもあった。そんな中にあって「パパス」は落ち着いた大人のブランドという位置にあり、さすがに学生でそれを着ている者はいなかった。前身である「マドモアゼルノンノン」も、可愛い名前だなと思う程度で自分との接点はなかった――。

今年になって二度ほど箱根へ旅行に行き、今更ながらその佇まいの品の良さ、歴史とともに愛されてきた伝統に改めて心打たれるものがあり、三たび訪問の予定を立てているところ。あれこれと観光情報を調べているうち、仙石原の「SOLO PIZZA TARO'S」というピッツェリアが中々に評判が良い。調べてみると、そのオーナーこそは1964年にアパレルブランド「マドモアゼルノンノン」を立ち上げた荒牧太郎さんなのだという(のちに「パパス」も起業し、一大メジャーブランドとなる)。さらに検索をしていると、高橋幸宏さんの2018年取材のインタビューにたどり着き、そこで高校生の頃、通学の際に制服のかわりに何十本も買って履いていたのがマドモアゼルノンノンのコーデュロイのパンツだったという記述を見つけた。映画「個人教授」の主人公(オリヴィエ)のルノー・ヴェルレーに憧れてそのスタイルを真似して、リトルホンダに乗って登校したというエピソードはファンであれば聞いた事があるはず(初出はYMOの映画「プロパガンダ」のパンフレットに景山民夫氏が寄稿したもの)。しかしマドモアゼル…という具体的なブランド名を聞くのは初めてかも知れない。レディースブランドであるということは知っているけど、90年代まではメンズラインもあったように記憶している。フリマアプリで探してみると、見覚えのあるロゴスウェットが!

ああ、これこれ、昔はよく見かけたなあ、当時は着たいと思うことすらなかったけど、今の年齢の自分にはちょうどいいアイテムかもしれない。ヘミングウェイに対する憧れは持っていないが、大人の休日に気取らず着られる昭和レトロの一枚、うん、悪くないよね。生来の暑がりで何枚も重ね着をしない自分は、ポロシャツの衿を出すのがお気に入りのスタイル。

奥さんと二人、再びのんびりと秋の箱根路を歩くのが、今から楽しみで仕方ないのである。