TBBT ファイナルシーズン―第23話「変化の不可避性の法則」

更新日:2月17日

2021年2月13日


※中段部分、加筆しました

【本内容にはネタバレが含まれます。視聴前の方はご注意!】 スーパー!ドラマTVで先行放送中の「ビッグバン★セオリー」のオンエアもいよいよ残るは2エピソード。まず冒頭に飛び込んでくるのは、あの懐かしい懐かしいファーストシーズンの第一話、レナードとシェルドンがペニーと挨拶を交わす場面。そして全12シーズンに及ぶこれまでの歩みを振り返るかのように、様々な名場面がフラッシュバックする。これでもうファイナルなのだとわかってはいても、(ああ、とうとうこの時がやって来たんだな・・)という思いで胸が一杯になる。収録の一週間ほど前に台本を頂くまでは何の情報も入ってこないし(自分でも調べない)、このシリーズがどんな大団円を迎えるのかは直前になるまで日本語版の吹き替えキャストはわかっていない。皆さんと同じく、一視聴者の立場で収録を迎えるのだ。思えば11年前、期待と不安を胸に臨んだアフレコ。「アントラージュ★オレたちのハリウッド」(外画初レギュラー。計3シーズンにわたって演じたのは若くて血気盛んなマネージャー「E」ことエリック役。マイケル・J・フォックスになったような台詞回しが出来たのが嬉しかった)でお世話になっていた音響監督に「次はラフ物(シットコム)をやるからね、いい役だからしっかりね」とだけ言われていたが、映像を見てみると何と自分そっくり!(のちに顔キャス[ティング]だと判明)。ジュニアになって二年目に「ソフィー・マルソーの愛人《ラマン》」という長尺のフレンチ・コメディ作品(日本未公開、DVDリリースのみ)で主演を務めたのがとにかく最高に楽しい経験で、もっとコメディを演りたい!という思いを強くしていた矢先のレギュラー。言い慣れぬ難解な専門用語が多く初期のシーズンはかなり苦労したけれど、キャラ付けについては初回に「もうちょっと年齢感を上げて」と言われたのみ。自分の思うような役作りで、ほぼ自分のやりたいように演技することが出来たのは有り難かったし、シーズン4あたりからはもう自分の生理でレナードの表情や動きに呼応出来るようになった(と、勝手に思い込んでいる)。まさに自分の分身。ともに苦労したシェルドン役の安達貴英くんとは、次のシーズンで別の声優にすげ替えられていやしないかとよく言い合っていたけれど、何とか全279エピソードすべてに声をアテることが出来、今改めて、すべての関係各位の皆さまに感謝を伝えたい。そしてこの作品を視聴してくれたファンの方々に、心からお礼を述べさせてもらいたい。特に、2019年の春に開催されたトークイベント「ビッグバン★セオリー祭」では直接、そのファンの方々と接する機会に恵まれたことは最も嬉しく幸せな体験で、様々な苦労がすべて報われたような思いがしたもの。何故ならば、声優の仕事と言うのは一種閉鎖的なもので、閉ざされた空間の中で地味な作業をもって収録が行われ、受け手(視聴者)の反応をダイレクトに感じる事が無いからだ。そういった観点からも、自分は本当に恵まれているのだなとつくづく思う。


レナード、シェルドンの部屋の前に引っ越してきたペニーは初々しくてキュート、憧れの人ではあるけれど、当初はマスコット的な位置付けだった。それがシーズンを重ねるにつれてネブラスカ生まれの男勝りの性格が垣間見られるようになり、レナードと交際を経て結婚を果たすと、女優を夢見るウェイトレスから製薬会社の営業へと華麗に転身する。ケイリー・クオコはもちろんのこと、新谷良子ちゃんの度胸の据わった(?)ハジケっぷりが実に見事で、可愛さと逞しさを兼ね備えたある種頼もしいヒロインへと昇華した。ハワード、バーナデットはシリーズ中誰よりも早くゴールインした二人。キモキャラでありながら繊細、歌に踊りに演奏と多才なハワードの吹き替えはまさに小森創介さんの独壇場。アドリブも多く、またそれがピタリとハマる。小悪魔的でかつ不思議な雰囲気を持つバーナデットは宗川めぐみちゃんのコケティッシュな魅力が遺憾なく発揮されていたし、女性恐怖症だったラージはそれを乗り越えたとはいえ、恋愛はどうにもうまく行かず。ハワードとの不思議な友情で大いに笑わせてくれたのは、過激な発言とは裏腹な乙女な部分が同居する様を興津和幸くんが見事に演じたからだ(運命の相手は果たして!?)。そしてこの作品の真の主役であるシェルドンとその恋人エイミー。いずれとも当初はどこか血が通っていないロボットの様な雰囲気があったのに、次第に人間味を増してドラマを大いに盛り上げてくれた。言わずもがな、安達貴英くん野一祐子ちゃんの絶妙のコンビネーションによるものだが、この二人、もともと同じ事務所の先輩と後輩なのだ(どうりで息が合っているいるわけだ)。シーズン11のラストで閃いた「超非対称性理論」が学会で認められ一躍ノーベル賞候補に上るが、その結果やいかに!?レナードも長らく、母ビバリーからの愛情を満足に受けられず幼少の頃の記憶はトラウマばかりという描写が連綿となされてきたが(これは敬愛する小宮和枝さんとの共演においていつも寂しく感じていた)、ファイナルシーズンも大詰めを迎えてようやくお互いのこれまでのわだかまりが解ける描写がなされる(でもこれって何度目?)。フィナーレに向かって、様々なファクターが解決していく(何とマンションのエレベーターまでもが遂に直るのだ!)。伏線一つ一つが回収されていく様子は、静かに物語が着地していくように感じられて、それだけで胸が一杯になる。ああ、その時が本当に近づいて来たんだな、と。


ファイナルシーズンの収録に臨む時に思っていたのは「終わること」を考えないこと。結末を迎えるのは確かではあっても、それに向かって演技するようなことがあってはいけないと思ったし、何より寂しさがつのってしまう。いつもと変りなく、いつものように――それはすべての収録を終えて半年が経った今でも変わりがない。アフレコは本当に終わってしまったのだけど、やっぱりそれについて深く考えたくはない。必要以上に感傷的になるのは嫌だし、と言ってサラリと忘れられるものでもない。心のどこかで、番組終了を認めたくないという意識があるんだろうと思う。それほどに自分にとって重要な、かけがえのない11年間だったのだ。いよいよ来週がファイナルエピソード。完パケ(完全パッケージ)を視聴するのは初めてのこと。映像を通して、現実を受け入れねばならない時が迫っているのだ。


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