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雅之兄ちゃんへ。

更新日:4月28日

2026年4月27日


春頃から体調を崩して入院していた九州は福岡のお兄ちゃんの訃報を聞く。母の姉の息子(長兄)なので義兄ではなく、従兄(いとこ)である。歳の差は13、ちょうど一回り上だがいつ会っても印象はさほど変わらず、飄々としていたが若々しく健康的に見えた。数日前にもう覚悟した方が良い段階だとの知らせを受けていたので予告通りとなったわけだけれど、69歳というのはまだまだ若い。長く付き合いのあった親族の逝去に思わず天を仰いだ。とはいえ顧みると実際に会った回数は決して多くはなかったのだけれど――。

両親はともに福岡出身、自分は親が上京してから東京で生まれたので接点は薄いものの、小中学生の頃は夏休み、春休みには帰省して父方の北九州市八幡西区、母方の福岡市城南区の実家を順番に訪ねるのが恒例行事となっていた。母の実家を訪ねた時はそこに滞在せず近隣の母の姉の家に泊まった。その子どもたち――お兄ちゃんを長兄として妹、歳が離れた弟がいたが弟は十代で、妹(お姉ちゃんと呼んで同じように慕っていた)も二十代で出産の際に夭折し、お兄ちゃんはただ一人となっていた。若い頃から楽器(エレクトリックベース)を趣味としてバンド活動に没頭し、それは一生涯続いた。福岡のアマチュアバンドシーンではちょっと名の知れたベーシストであったと聞く。体格が良く物腰はややおっとりした感じ、若い頃にはフラリと横浜の千々和家を訪ねてきたこともあり、小さい頃は何かにつけ怖がりだった自分をホラそこにお化けが、宇宙人がおるとよ、などと言ってからかっては笑っていた。何本ものベースが並んだ自室では自分のライブ演奏の音源が流れていて、司会者が各メンバーにインタビューするという部分を聞いてまだ小学校低学年だった自分は(芸能人みたいだなあ)といたく感心したことを思い出す。小学校6年生の時は当時リバイバルブームだったザ・モンキーズが好きで、東京に帰る前に我慢できずに彼らの主演映画「HEAD」のサウンドトラック盤を「サウンド コガ」(場所は全く覚えていない)で買い、お兄ちゃんのオーディオシステムで勝手に再生した。冒頭の「ポーパス・ソング」を飛ばしてよりアップテンポの「サークル・スカイ」に針を落とすと、スピーカーが大きく震えるほどの低音がドンと響いたあの瞬間が今でも忘れられない。根っからのベースマンだったわけだ。だがそれ以後成人してから福岡に行ったのは二度だけ、専門学校生だった時は中洲の屋台(地元の人間は行かンと言われた)や福岡タワーを案内してもらったり、指定難病である多系統萎縮症に罹患した母がまだ歩けるうちにと家族ともども出掛けたのが2011年。奥様ともご一緒でもつ鍋をつつき、福大近くの「ふくちゃん」に連れて行ってもらったが「東京はシロコロホルモンとか、美味いもんがいっぱいあるっちゃろ?(アド街ック天国などで見るらしい)」などと興味津々に聞いてきたりするところは「(まるで)大学生みたいやろ」とお母様(自分からみると伯母さん)が評するようにどこか悪戯っぽく無邪気な少年のような部分を変わらず持ち続ける大らかな自由人と言った風情があった(そう言えば遊びに行ったマンションのリビングは生活感が無く東宝怪獣のフィギュアがあちこちに飾ってあったり、愛犬の名前が「ジャコ」だったり)。東京なんかよりも福岡の方がよほど「うまかもん」が溢れているよ、違いは何かな?と訊いた流れで水が違う、そして醤油が違うとなってほど近い「ヤマタカ醤油」の蔵元に連れて行ってくれたよね(その時を境に我が家は九州醤油に切り替わったんだ)。その数年後にご友人の結婚式で単身横浜に来た際はお兄ちゃんのリクエストを受けて徹夜で作った「B級グルメガイド」を渡すととても喜んでくれたけれど自分と同じくドラマーである兄と三人で音楽の話が盛り上がり過ぎて止まらず、グルメ散策は中止となったんだっけ。数年前には母の葬儀にもきちんと来てくれた。今度セッションしようよ、会うたびに言い合っていたがそれはついに叶わなかった。お母様と同様に地元で長らく教職に就いていたがそうした話は音楽仲間にほとんどしなかっただろうと思うし、きっと好きなことを思う存分、自由にやれた人生だったろう。遠く離れてはいても東京で音楽スクールを落第して売れない声優となった「竜策くん」のブログはいつもチェックしていたと聞くし、SNSで拙い記事をアップするといいね!を毎回付けてくれてもいた。雅之兄ちゃんを囲む人々が身近に知っている、教師としての、またSoul Scratchの敏腕ベーシストとしての姿は全く知らずとも(HIGH NOTES BIG BANDの渋谷クロコダイル公演は見に行った)、僕にとってはかけがえのない優しいお兄ちゃんであった事を決して忘れない。


いずれそちらに行きますので、ちゃんと練習しておくように。

病床で「竜策は元気か」と言っていたと聞いたよ。見送りに行けずごめん。

あとね、いくら何でもちょっと早いんじゃない?



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