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藤子・F・不二雄先生の遺したもの。

2019年3月8日 このところ、ニュースバラエティほかテレビ番組で頻繁に取り上げられてご存知の方も多いと思うが、小田急電鉄の登戸(のぼりと)駅がドラえもん仕様になっている。これは近隣の「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」(2011年開館)の最寄り駅であることに因んだものだ。東京の高田馬場が故・手塚治虫先生ゆかりの地としての街づくりがなされ、また祖師ヶ谷大蔵がかつて円谷プロダクションの社屋があった場所であったことにちなみ「ウルトラマン商店街」が作られていることなどと同様に、昨今の時流に乗った、洒落のきいた「大人の遊び心」の象徴とも言うべきものだ。


過去、ブログ等でもほとんど触れたことがなかったけど、自分は「ドラえもん」が1979年に二度目のアニメ化をした時の一大ブームの際に、どっぷりとハマった世代(当時、小学4年生)。初めて親に買ってもらったEP(シングル)レコードは「ドラえもんのうた」(大杉久美子版)だったし、コロコロコミックの連載、特集記事を読みあさり、てんとう虫コミックスの単行本を夢中で読み、初の映画化となった「のび太の恐竜」(1980)は劇場へ足を運び、ピー助との別れのシーンでは号泣した(これもまた主題歌のレコードを買った)。月曜から土曜の18時50分からの帶アニメ(※関東ローカルのみ)を見て、日曜午前8時30分からの30分番組もしっかり見ていたのだから、相当な熱中ぶりだった。懐かしいね。



小学校も高学年になり中学校へ進級すると、すっかりドラえもん熱は冷めてしまったけれど、素晴らしい作品であったことは間違いない。リアルタイムで夢中になった世代としては、その後のメディア展開のの拡大、藤子先生亡き後も連綿と続くシリーズがあまりに巨大なものとして独り歩きしているような印象があって、違和感を覚えてしまうんだけど・・・。とはいえ、時代が変わっても、世代を超えて愛されて続けていることに何ら変わりはないのだ。40年も前に夢中になったドラえもんが、今もこんなに人気者だなんて!かつてオトコノコであったおじさんは、驚きを禁じ得ない。凄いことだよね。