聖なる夜に。

最終更新: 2019年12月27日

2019年12月24日


先日の同窓会から一か月。ブログで色々な内情を愚痴ったりもしたが、とにかく楽しく皆が盛り上がって成功裡に終わったのは確かなことで、それをことさら美談にするつもりはないので書かずにおいたのだけど、ひとつ忘れられない話を。同窓会が終わってから二週間ほど過ぎたころのこと、イベントも無事に終了したし、記念誌の発送等も一段落し、徐々に心の平静を取り戻しつつあった頃、自分は白昼、自宅のソファでうとうとと寝こけていた。


その時、自分は学校にいた。風景はぼんやりだし、知った顔の登場人物は誰も出て来なかったけれど、状況からして出身中学校なのだと思う。場所は体育館。生徒で一杯の中、ステージの上ではバンドの演奏が行われ、自分も皆と一緒にそれを見ていたが、どこからともなく「千々和、やれー!」という声。いつもの調子でステージに上がり、ひとしきりドラムソロを披露するとやんやの喝采で、自分も得意満面。でも、ここまでの流れは駆け足で、やはり状景はぼんやりとしている。暗い廊下を歩いて、明るく光が差し込んできたところに、僕が1年、2年と続けて担任でお世話になった藤江先生がいる。ジャージ姿の先生はにっこり笑って、「見たよ千々和」。ここで自分は、この瞬間、自分が夢を見ているのだなと気付いた。中学卒業後、特に連絡を取り合うこともないまま、先生は平成十三年にお亡くなりになっているのだ。自分が中学に入学したと同じ時期に着任したと記憶しており、新卒ではなかったものの、まだ25、6歳だった。小柄で華奢だったけれど、間違ったことに対しては真面目に怒る、芯の強い先生だった。年上の女性に対する思春期特有の憧れは抱かなかったけれど、いつも好き放題に振る舞っていた自分は、先生の優しさに思い切り甘えていたのだろう。

その、懐かしい先生との思いがけぬ再会。でも、これは夢の中なんだ。自分は、先生の顔をじっと確かめるように見据えながら、ゆっくりと近づいた。ここで目が覚めてしまったら、先生の姿は消えてしまうのだと分かっているからだ。「でも、先生はもうこの世にいないじゃないかよぅ…?」「ごめんね」。先生はいつの間にか、校庭の朝礼台の上に立っていて、自分はそれを見上げる格好になっている。先生の表情を目に焼き付けなければと、さらに足元まで近づくと、先生は現役時より若干ふっくらした顔立ちに見えた。先生は思いを込めるかのように「でも、【大人になって、もう一度先生の姿を】見られる、、(自分の頬を叩く仕草をしたあと、噛まないようにゆっくりと)見、ら、 れ、る ものなら見てみたいって【言ってくれて】、ありがとね」


ここで目が覚めた。

ごくごく短い夢で、会話もほんのわずか。でもとにかく驚いたのは、様々な雑事に追われてこの4か月ほどずっと集中していた同窓会の準備の中で、ほとんどゆっくりと顧みることをしなかった藤江先生が現れたことだ。6年前の同窓会で訃報を知った時は言葉が出なかったけど、この目で確かめたわけではないし、現実として受け止めていないところがあったのかもしれない。音信が取れない多くの先生と同様に、いつかどこかで会えるような思いが、心の隅に残ったままだったのだと思う。そしてまた、厳しい現実を直視したくもなかったし。

このブログでも何度か触れているが、今回の同窓会の開催にあたり、自身の発案でオールカラー24ページの記念誌を制作した。その冒頭を飾る記事として当時の学年主任の関口先生とのインタビューを企画し、長時間にわたってお話を聞いたのだが、その中で藤江先生の話題が出たのだ。今ならば時効だろうからと、ちょっとためらいながら話してくれたのは、藤江先生が当時置かれていた状況。前任の学校の夏のキャンプで生徒たちにひどくからかわれ、心を病んだ先生は一時期休職されていたものの、それが落ち着いたということで心新たに着任したのが「横浜市立みたけ台中学校」だったのだ。そうした経緯もあって、当時の時間割は、藤江先生の授業が行われている教室の隣で、関口先生が常に監視できるように組まれていたのだという。休み時間の時も、関口先生は生徒に気づかれぬよう、藤江先生を見守っていたのだそうだ。これは初耳だったし、意外な事実だった。自分が中学を卒業して間もなく、藤江先生は教職から退かれた。人知れず、ナイーブで繊細な人物であったことを知ったわけだけれど、それをおくびにも見せず振る舞っていたのは、今さらながら立派なことだと感心してしまう。恩師であることはもちろん、母のようでもあり、また姉のようでもあった先生に、星新一やO・ヘンリなどの優れた短編小説を教わったこと、毎日書いて提出した「今日の出来事」ではいくら下らない落書きのようなことを書いてもきちんと返事を書いてもらったこと、書道の時間に板書でお手本を書くと実に見事な筆致だったこと、学級新聞に不良たちのことを糾弾するコラムを書いた自分を静かに諫めてくれたこと等々、いつもいつも傍にいて温かく接してくれたことを次々に思い出して、胸が一杯になった。アニメのキャラクター、カリメロに似ているからと似顔絵を描いて見せると困ったような顔をしつつも笑っていたのが忘れられない。みんなを愛してくれて、みんなに愛されていた人だったのだ。


「今、夢を見たんだ、時間が経ったら忘れるかもしれないから、今から言うことを覚えといて!」目が覚めるなり、ソファの隣にいた奥さんに命じて、自分は夢の内容を話して聞かせた。だが妻がメモに書き留めたりするまでもなく、夢の中で見て、聞いた藤江先生の顔、声は、しっかりとこの目に、耳に残っている。「50歳になって、お互いに年齢を重ねた藤江先生の姿を見られるものなら見てみたい」気持ちに嘘偽りはないが、果たしてそういう言い方を自分がしていたのか?とインタビューの音源を聞き返してみたけど、さすがにそこまでのミラクルはなかった。でも、間違いないのは、先生はこの同窓会を見守ってくれていたということ。白昼夢で、先生がそれを教えに来てくれたんだと思うと、本当に嬉しいけれど、皆で先生の想い出話をする瞬間がなかったことを、申し訳なくも思ってしまった。


藤江先生、ありがとう。心から尊敬し、大好きな先生でした。もう会えないのは寂しいよ。



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