2022年1月28日
共演したのは三回ほど、交流があったのもごくわずかだったけど、勝手に「兄やん」と思い慕っていた声優の田中一成さんが亡くなってから早5年――。彼の代表作とも言えるアニメ「プラネテス」の再放送がEテレでスタートし、当時(2003年)は一ファンとして視聴していた自分も久しぶりにオンエアで楽しみつつ、(兄やん、プラネテスが地上波で再放送されてますよ・・・!【※本放送はBS2だった】)などと胸の中で呟いてみたりしてハチマキやタナベほか、デブリ課の個性豊かな面々の活躍を懐かしんでいる。とにかくすべてのキャラクターが生き生きしていること、物語の設定やシリーズとしての構成が秀逸であったこですっかり魅了された作品だった。当時は同時期に放送されていた「ふたつのスピカ」の方が話題になったり、後発の「宇宙兄弟」の方が人気があったりで認知度は今一つなのかも知れないが、原作とアニメ作品とでいずれも星雲賞を受賞しているほど評価の高い作品だ。そんなせっかくの再放送に水を差すような難癖を付ける人がネットを騒がせたことで原作の幸村誠氏がtwitterで反応するという事態になったのは報道でご覧になった方々も多かろう。取材協力でクレジットされているというのに、元JAXAという肩書にありながらの発言ということ以前に、フィクションであるアニメ作品に対して何のリスペクトもない批判を展開したのは全くもってナンセンスだというほかはない。良くも悪くも「専門バカ」である人がつい犯しがちなことだなと自分は思っているけれど、ここでもう一つのポイント。ご当人である野田篤司氏の記述――(主人公だ(で)あろう新人、もし私のところに配属されたら、速攻で、不適格者としてクビだ 宇宙特にEVAを甘く見すぎている)(※原文ママ) とあるがこの物語の主人公はハチマキこと星野八郎太だ。配属された(ばかり)の「新人」というのは、タナベ(田名部愛)のことだ。声を演じるのはゆきのさつき(雪野五月)さん。彼女にことさら腹を立てたというのは、彼女の「愛こそがすべてを救う」という本来は純粋な信念でありながらも他者の意見を一切受け容れない未熟な姿に思わず感情が昂(たかぶ)ったのではないか?だとすれば、それはタナベの単なる台詞の字面からではなく、エモーショナルな演技によるものではなかったか。だとすれば、これはゆきのさんの完全勝利である(何が勝ちで負けなのかはこの際、問わないが)。シリーズ全話を見た人ならわかるはずだが、ことアニメ版においてのタナベは当初、どうしようもないほどに未熟で無知であることが強調されている。僕は田中一成さんによるハチマキのザラっとした人間臭い演技にも魅了されたけれど、この作品におけるゆきのさんのタナベは本当に神懸っている、と感動すら覚えるのだ。それはあたかもそこにタナベと言う人間が実在しているかのようであり、これこそが声優というもの、演技と言うものの神髄であると声を大にして言いたい。だから自分は今回の一騒動の顛末を追いながらも、一人心の中で快哉(かいさい)を叫んでいた。悪役を演じた時はそのキャラクターが本当に憎々しいと思わせ、嫌味な人間を演じた時には心底いけ好かないと思わせないといけない――。人々の感情を呼び覚ます、それが声優の仕事なのだ。
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