マイク・ネスミス、その輝きよ永遠なれ。

2021年12月11日


大好きな・・・大好きなザ・モンキーズのマイク・ネスミス氏が亡くなったとのニュースを聞く(享年78)。デイビー、ピーターの後を追ってマイクも逝ってしまった。ミッキーとのライブ活動を続けていたが、11月にフェアウェル(さよなら)ツアーの記事が出ていたのであれ?これで本当に終わりにしてしまうのか・・・と思っていたので、ある種の覚悟は出来ていた。昨夜はちょっと眠れず、彼ら唯一の主演映画「ヘッド」を流しっぱなしにしていた矢先のこと。あまりにも古いグループで、新しいニュースなど全く届かない現在であっても自分はモンキーズのコスプレ(しかもマイクの恰好!)をしたり、名刺にその写真とロゴマークを入れていたりしたので、本当に寂しい。Wikipediaにも書かれていないが、マイクはモンキーズに参加する以前からマイケル・ブレッシング名義でカントリー・シンガーとして活動しており、その才能はすでに音楽関係者の間では知られていた。テキサス州出身の彼が書く曲はカントリー、ブルーグラスのオールドファッションなスタイルで、その個性は後に加入したモンキーズにも持ち込まれた。人気、知名度で比較されたザ・ビートルズの音楽性との決定的な違いはここにあり、当時(1980年のリバイバルブーム)小学生だった自分は彼らの楽曲を聴きながらいつしかバンジョーやマンドリン、フィドル(ヴァイオリン)の音に自然と親しんでいったのだった。「パパ・ジーンズ・ブルース」「最高の彼女」「ユー・トールド・ミー」「君はひとりぼっち」「タピオカ・ツンドラ」「すてきなミュージック」「すてきなブルーグラス」といった曲はすべてマイクの手になるもので、その多くはヴォーカルにコーラス(エフェクト)をかけてあり個性が際立っていた。理知的で聡明、それでいて西部の男らしく豪快で大らかなところも感じさせるキャラクターだった。トレードマークは緑色の毛糸の帽子。これは彼がバイクに乗る時に髪が乱れないようにと被っていたものがモンキーズのオーディションで面白がられ、以後マイク・ネスミスの欠かせないアイコンになったのだった。モンキーズを脱退した後も自身の「ファースト・ナショナル・バンド」で「シルバー・ムーン」をヒットさせたり、1981年に立ち上げた会社(パシフィック・アーツ)からリリースしたビデオ作品「エレファント・パーツ」でグラミー賞を受賞するなど、実業家としての手腕も発揮、実に多才な人であった。モンキーズも残るはミッキー一人だけ・・・時代の流れとはいえど、やっぱり寂しいね。でもこういう時にしんみりと曲を聴き返すのではなく、彼らの底抜けに明るい「モンキーズ・ショウ」をもう一度見るのが一番。ああ、やっぱり楽しい!理屈を抜きに心からハッピーになれる、それが素晴らしいんだね。


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