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そして40年。

更新日:7 日前

2026年7月10日


あの夏を忘れない―――

2026年8月8日、横浜スタジアムのグラウンドに40年ぶりに立ちます!!!

と、言っても音楽イベントのステージ出演などではなくて、見学ツアーのお客さんとしてバンドメンバーと一緒に球場内をぐるっと巡るだけ(笑)でもこういう趣向もいいもんだよね(スタジアムツアーがあるなんて知らなかったし)。見学後は中華街にて食事の予定。このささやかなセレブレーションにぜひとも同行したいという肉体疲労児のファンの方(いるのか?w)そして当時の共演者の方(※スタッフ・関係者を除く)、1986年8月8日(ヨコハマハイスクール・ホットウェーブフェスティバルVol.7決戦大会)を一緒に回顧しようぜ!!!


祝おうぜ!!!
祝おうぜ!!!


スタッフ・関係者を除くとわざわざ書き添えたことについて・・・前回ホットウェーブについて記事にしたのは五年前(35周年)、その時には書かなかったがこのコンテストについては改めていくつか記しておきたい。開催地は横浜、自分が参加した1986年(第7回)は予選大会が横浜西公会堂で決戦大会が横浜スタジアム。アマチュアコンテストとしては恐らく国内最大規模のステージだったと思うが横スタで開催されたのは第6回から最終年となった第19回まで(それ以前は横浜市教育会館)。出場者もスタッフもすべて高校生というのが大きな特徴だったがそこには審査員も含まれておりプロのミュージシャンによる厳正な審査が行われないという点で決して音楽性の高さを競うコンペではなかった。「音楽の甲子園」と自称してはいたが実際は全国的な認知度が低く多少なりとも遠方からの応募はあっても出場バンドのほとんどは首都圏からの応募者で、East WestやLMCのように全国各地の楽器店での予選大会などを一切行っていない事からも甲子園と謳うにはいささか誇大表現であり、つまるところ神奈川のローカルコンテストの域を出ないものだった。使用会場のキャパ数も膨大ゆえにスタッフの人数は100人規模で集められ、企画班、音響班、美術班、広報班などに分かれていたがそれらはすべてボランティアであったため、主催、運営のスリーベースカンパニーは(敢えて意地悪な表現をすると)高校時代の青春の思い出と引き換えに若い労働力を大量に確保して実に上手くコストを抑えていたことになる。実行委員会が置かれた社屋に何度か行ったがまるで高校生が文化祭の準備に奔走しているような雰囲気の中、当然のことながらスタッフ(と大人たち)同士のお友達的なコミュニティが形成され、悪い意味でのアマチュアイズムに支配されていた。表向きは音楽コンテストではあっても肝心の出場バンドは単なる添え物でしかなく、主役は間違いなく約一年間に亘ってともに額に汗をしながら結束を固めた高校生スタッフたちだった。「HOT WAVE FESTIVAL」で検索するとヒットする公式サイトは2008年頃の更新を最後に放置されているが、メンバーリストへの登録者や掲示板に投稿しているのはスタッフ及び関連会社の人間ばかり、Facebookのページはスタッフ同窓会の呼びかけばかりが書き込まれており、いずれも出場バンドの人間が投稿したり交流を図っていたりする様子はうかがえない。事実、自分は2007年頃に「プチ同窓会」があるとの話を受けその飲み会に参加したことがあったが、5、6名の集まりにバンドマンが二人。過去の写真アルバムを見ながらスタッフ同士の昔話(と内輪話)に花が咲き二人はほぼ放置状態。近況について聞かれることも当時のエピソードを語るタイミングもなく、全く嫌な気分で途中退席した。決戦大会のステージに立った上に受賞バンド(エンターティナー賞)であったにも関わらず来賓という扱いにはなり得ないこと、スタッフが主役のイベントだったのだということを悟った出来事でもあった。この大会を足掛かりにプロに転じたミュージシャンもある程度はいるがHot Waveについて語られる記事を全く見ないのはこのためだ。そもそも自分が1986年に出場することが決まった際に近しい人物から「知り合いのガールズバンド(界隈では結構有名だった)がグランプリ受賞内定バンドとしてオファーを受けたが断った」という話も聞いていたし、現に自分たちも「肉体疲労児さんは予選大会の通過はかなり難しかったが賑やかしのバンドが足りないのでバランスを取って残した」と企画班のスタッフに言われたほどで、つまりはバンドコンテストの形を借りた筋書きのあるイベントであり、バンドそのものに重きは置かれていなかったのだ。主役たるスタッフや関連会社のお仲間さん達にとって出場バンドはお飾りであり興味の対象外ゆえ、長らく自分たちばかりが楽しむことを優先しバンドとの繋がりを疎かにしてきた結果、自称「音楽の甲子園」のイベントは世間にその存在がほぼ知られぬまま忘れ去られようとしている。僕らバンドは腐ることなくあの夏の想い出を一つのネタのように「そんなこともあったね」と笑って振り返るのみである。


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